月別アーカイブ: 2017年4月

初夏を迎えました

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こちら京都の山里も初夏を迎えました。水色の空、新緑、そしてピンクの花たち、、鮮やかな色に心が洗われるようです。

一番上の写真は、近くの公園。八重桜がちょうど満開を迎えていました。
2番目以降の写真は、さらに北に電車でいった綾部というところにある、ミヤマツツジで有名なお寺です。

地元のニュースで知って慌てて行ってきたのですが、まさに秘密の花園でした。

お寺の近くに池があり、そこに緑とツツジのピンクが映り込んでいます。
お寺に着いて、小さなお地蔵様たちに挨拶をしながら、ツツジの咲き乱れる小道を歩いていくと、最後、山の頂きで、優しいお顔をした仏様が待っていて下さいました。

お地蔵様を見守るように立っていた大きな椿の樹もありました。
仏様のすぐ後ろには、まるで後光のように白い山桜の花が咲き乱れていました。

しばらくたたずんで、そしてしゃがみ込んで、暖かな光と緑とピンク、鳥の鳴き声に包まれました。

ふっと心に浮かんだこともありました。

うまく言葉にできませんが、ここは聖地なんだな。。と思いました。

いつかまた、訪れてみたいと思います。

ある先生が紹介してくださった、「聖なる場所」という本にこういうくだりがありました。
「…….古い木立の中に歩み入ると、それらの木々の経験と智慧で、知りたいと思うことを何でも見いだしうる。。」

山里の桜

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先日の京都市内の華やかな桜とは異なり、今日は近くの山里に咲く桜をご紹介いたします。

学校に行く途中に見える桜たちを写真におさめたくて、一昨日、がんばって
片道一時間半あまり、自転車をこいで行きました。

河に映る老木の桜や、田んぼの向こうに咲く桜は、
素朴だけれど、特別な美しさと存在感をもっています。
樹の性格や気持ちが、なんとなーく伝わってくる様な感じもします。

今年もまた会えたという嬉しさと、いつまでこの景色がつづいていくのかな、、
という若干の不安で、余計に樹へのいとおしさがわいてきます。

最後の写真は、電車から見た保津峡辺りの風景です。
山陰線に乗るときの私の一番の楽しみです。
川縁を桃色の桜が彩っていました。

昔はここを蒸気機関車が通っていました。(って年がばれますが。。笑)
その頃は、ゆっくりゆっくり走って、線路際の草花も眺められたし、
各駅停車で、美しい保津峡を満喫することができました。
(すごい時間かかって大変でしたが。。)

今日は、京都の山里の春の景色をお届けいたしました。

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急に温かくなり、各地で桜が咲き始めましたね。
ここ京都でも、数日前まで蕾だった桜が一斉に満開を迎えています。

上の2つの写真は、渉成園という、東本願寺の別邸にある庭園です。
真っ先に見頃を迎えました。数日前です。

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下の写真は、御所の近衛邸跡の桜と、本満寺の桜です。
どちらも枝垂れ桜が見事ですね。。

これは昨日4月4日のことでした。

お参りに京都市内のあるお寺を訪れたところ、すぐ近くで、思いがけず満開になっていて、慌てて撮りました。

ここまで見事に咲くと、神々しくて、圧倒されます。

昨年もちょうど法事のときに、満開を迎えていて、
感動しながら見上げたことを覚えています。

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私が住んでいるところは、もっと北の山里ですので、
今はまだ桜たちは蕾のままですが、
ぷっくりと膨らんで濃いピンク色になっているものもありますので、
そろそろ咲き始めると思います。

京都の町中の華やかさとは違い、山の緑を背景に咲く清楚な姿は、
これもまた心が奪われるような美しさです。

なかなか写真には収めにくいのですが、今度撮れましたら
またアップさせていただきますね。

天への門?

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天への門? いきなり何?と思われたかもしれませんね。

頭のてっぺんには、天に続く門があると、昔の中国の人は思っていたようです。

その名前は天門。位置としては、百会という説が多いようですが、その1.5寸前の前頂を小天門といったり、顖会というツボも天門としている本もありました。
上の図をご参照ください。
(経絡図と人形、中国から連れて帰りました。)

(百会は両耳の上の端を結ぶ線と正中線が交わる所、赤ちゃんの頭でまだ柔らかい、解剖学的にいうと大泉門に当たるところが顖会です。)

これらのツボを通して、天の気が出入りして、天と繋がっている、だから天門。

ほんとかなーと思う方も多いでしょう。
私もはっきりしたことは申し上げられませんが、確かに気功や呼吸法などをしていると、百会や前頂、顖会のあたりがむずむずしてくることがあります。その近くの通天というツボも同じくです。(このツボも、”天と通じる”ですね)

そして実際、中国の気功の本には、この顖会穴や、百会、通天などを通して、天の気を取り込むとか、気を出し入れするといったことが書いてあります。

一方、地の気を取り込んだり、大地に気を流すときに使われる主なツボは・・・?
それは湧泉。足裏の上から1/3くらいの一番くぼむところ。

人の体は天と地の間にありながら、天の気と地の気が行き来する通り道にもなっている、ということです。まさに天地人。

そういえば湧泉ツボも、春が近づくころ足を地面に付けていると、地面から熱いようなジンジンするようなエネルギーが、湧泉を伝ってぐんぐん入ってくるのを感じることがあります。
皆様はいかがでしょうか。。

もともとそういう気の流れに、昔の人はとても敏感だったのかもしれません。
私たち現代の人間も、忙しい日常を少し離れ、心を静めると、その流れを感じることができるのではないかと思っています。

前々回の大同のブログにも記しました、私が習ったアメリカのエネルギーヒーリングでも、やはり、この百会と湧泉を使っていました。もちろんツボの名前は使っていませんでしたが、頭のてっぺんから天のエネルギーを入れて、足の裏から大地のエネルギーを少し取込み、それを体に流していく、、と教わりました。

顖会穴のある大泉門は、赤ちゃんが生まれたときは、骨がまだくっついてなくて穴が空いた状態になっていて、2−3才頃までに閉じる、と言われています。
赤ちゃんはまだ、生まれる前のことを覚えていたり、不思議な力を持っているとも言われ、でも成長につれ言語など後天的な知識がついてそれで外界とコミュニケーションをとれるようになると、その先天的な力が失われていく、という説があります。
これはまさに、生まれたての子供は、天とのコミュニケーションを簡単にとれているけど、その後、大泉門が閉じていくとともに、天とつながりにくくなり、代わりにこの世とのつながりを強めていく、とも言い換えることができそうです。
この流れを逆回しして、後天的に活性化させる脳を鎮め、”無心”になり、先天的な能力を呼び起こして、天や自然、宇宙とのつながりを取り戻そうとするのが、丹道であり、道教の中心にある考えであり、気功の根本なのではと思います。

今回中国で研修を受けているとき、この後天の意識と先天の意識の話が何度も出てきました。
そして、後天の意識を鎮めた”無心”の状態についても、いろいろな意見が出されました。ユング心理学の研究者の方も参加されていて、ユングの言う”集合的無意識”とは少し違うが、似ている、、といった考えも示されました。

ユングは、実際タオイズムにかなり影響をうけていたそうですし、このあたりのことも考えていくと大変深くて面白そうです。

今日もまとまらないままに、妄想を繰り広げてしまいました。

京都でもようやく桜が咲き始めました。
次回は美しい桜の写真をアップさせていただきますね。